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最高裁判所第二小法廷 昭和30年(あ)4124号 判決 1958年7月25日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人三木今二、同前堀政幸、同守屋美孝の上告趣意第一点について。

所論は刑法一一七条の二前段の業務上失火罪の規定にいう「業務」とは、火災の原因となった火を直接取扱うことを業務の内容の全部又は一部としている場合に限られるものであって、夜警は右にいう「業務」に当らないと解すべきである旨主張し、名古屋高等裁判所の判例(昭和二八年(う)第五九号、同二九年五月三一日言渡)を引用し、これと相反する見解に出でた原判決の判例違反を主張する。

原審の確定した事実によれば、本件国有鉄道京都駅旧本屋の火災は、その階上で食堂を経営していた株式会社都ホテル七条出張所の従業員内田喜代子らが、昭和二五年一一月一七日その日の終業後たる午後九時過頃、従業員更衣室に設備してあった約四ポンド約二五〇ワットの電気アイロンをその専用の栓受に接続して使用した後、該栓受からアイロンのコードを外すことを怠り通電状態のまま退去したため、長時間のアイロンの過熱により発火したことが原因となって発生したものであること、右出張所では昭和一二、三年頃から専従の夜間警備員を置き、営業終了後午後九時三〇分から翌朝六時三〇分までの間、同出張所の使用する食堂、調理室、配膳室、事務室及び従業員更衣室を数回巡視の上異状の有無を確かめさせ、盗難火災等の防止に当らせておったこと、専従者が定休日その他の差支えあるときは、他の従業員が専従者に代りこれに当っていたこと、被告人は昭和一五年一月頃から右食堂の料理人として雇われていたものであるが、成年以上の男子従業員の数は被告人を含めて四、五名にすぎないので、右夜警専従者差支えの場合における代行者は成年男子従業員の内から本人の希望によってその都度指名せられ、被告人も従来から屡々その代行者となり夜警の職務に従事していたこと、本件火災の前夜である昭和二五年一一月一七日午後九時三〇分以降翌朝六時三〇分までの夜警につき被告人が専従者の代行者としてその任に当っていたこと、被告人は更衣室に従業員用の電気アイロンが設備され平素これが使用されていることを熟知していたこと、被告人は本件火災の前夜午後九時三〇分頃夜警として前記各室を巡視し更衣室へも行ったが同室の電灯を消し戸締をしただけで当該電気アイロンについては不注意にもそれが通電状態のまま放置してあったのを看過し、そのコードを栓受から外すことをしなかったこと、一夜に数回巡視すべき義務があるのに被告人は同夜右一回巡視したのみでその後の巡視を怠ったこと、かくて右電気アイロンの過熱により翌朝四時一五分頃出火し、京都駅旧本屋は遂に焼失するに至った各事実が認められるのである。

以上の事実関係からすれば、被告人は本来は食堂の料理人であって夜警専従者ではなかったとはいえ、従来から屡々専従者の代行者として夜警の任に当って来たものであり、したがって当夜における被告人の夜警は、所論の如く単なる一時的なものではなく、業務として夜警の職務に従事していたものというべきである。そして夜警としての職務内容は専従者であると代行者であるとによりその間に少しも差異はなく、そして本件夜警の具体的職務内容は前示の如く午後九時三〇分から翌朝六時三〇分まで数回にわたり前記各室を巡視し、異状の有無を確かめ、盗難及び火災等の発見防止にあるのであるから、そのうちには当然従業員更衣室備付の電気アイロンが通電状態のままに放置されてあることの有無の点検及びその善後措置並びに右アイロン過熱の発見及びその防止措置の諸行為をも含まれているものと解すべきであることはいうまでもないところである。されば本件火災は内田喜代子等が電気アイロンを通電状態のまま放置したことが根本の原因をなしたものではあるが、被告人が夜警として、右アイロンの通電状態を早期に発見してそのコードを栓受から外し若しくは数回の巡視によりその過熱状態を早期に発見防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠ったことにより本件火災が発生したものであることが明らかであり、被告人は刑法一一七条の二前段の刑責を免れないものといわなければならない。すなわち同条前段にいう「業務」はこれを所論の如く当該火災の原因となった火を直接取扱うことを業務の内容の全部又は一部としているもののみに限定することなく、本件夜警の如きをもなお包含するものと解するを相当とする。故に右刑法一一七条の二の業務の解釈に関する所論引用の名古屋高等裁判所の判例は右の限度においてこれを変更し、右説示と同旨に出でた原判決はまことに正当であってこれを維持するのを相当と認めるから、論旨は採用できない。

同第二点について。

所論は単なる法令違反の主張であって適法な上告理由に当らない。のみならず所論のすべて採用し得ないことは、既に論旨第一点において判示したとおりである。

同第三点について。

所論は、被告人は料理人として昼間八時間勤務した上、更に夜警として勤務したものであるところ、右夜警勤務は行政官庁の許可を受けていないから、憲法二七条二項、労働基準法九三条に違反し無効である、従って被告人の本件刑事責任は否定さるべきである旨主張する。

しかしながら右行政官庁の許可の有無は夜警勤務に関する労働契約の効力如何の問題たるに止まり、夜警としての任務に服したものである以上、刑法一一七条の二の「業務」としての刑事上の責任には何ら消長を来すものとは解することはできないから、違憲の主張はその前提を欠き論旨は採用できない。

また記録を調べても本件につき刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって同四一四条、三九六条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

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